帰るというにはまだ遠い

A.B.C-Zがすきです、長くなるようなことはここで書きます、だいたい暑苦しい

5 Performer-Z!Love!

お久しぶりです
タイムライン荒らすのも申し訳ないので、こっちにばっと書きます

アルバム!!!5 Performer-Z!!!さいっこう!!!!!
史上最高だよーーーA.B.C-Z!!!!!
なんて素敵なの…コンサートまでずっとこれだけ聴くね…えーーーんめちゃくちゃすきです5 Performer-Z

ちょうど引っ越し直前にアルバムが発売されて、去る土地から新居に向かう道中で聴きました
新しいことが始まるこのときになんてぴったりなアルバムだった
おかげさまで晴れやかな気持ちで旅立てた
あと海沿いドライブしながら聴いたら気持ちいいだろうなぁ
A.B.C-Zのアルバムって、STARLINEのときも感じたのだけどドライブにすごーく合うんだよね、旅に出たくなるというか、心地よくて、旅じゃなくてもいいんだけど、そういうとこすき

転職が決まるまで焦ったり不安になったりもしたけど、応援屋のDVDをみて、大丈夫、A.B.C-Zが応援してくれてるんだからってがんばれたし、5 Performer-Zでは旅路を祝福されたような気になれたしで、めっちゃサポートされてます、ありがとう、ところで応援屋の楽曲はいつ音源化されますか?コンサートでやりますか?やりますよね?

なんてね、や、冗談抜きでこんなにファンに寄り添ってささえてくれるA.B.C-Zってすごい

ボーナストラックを抜かせば、ラストにリブートがくるという構成があまりにもかっこよすぎて泣いてしまった

あんなに可愛らしいテレパシーと妄想爆発デートなドキナツから始まったかと思いきや、whippyでしっとりと聴かせてくる

各々のソロ曲がとんでもなく素晴らしくて!
はしちゃんもごせきくんもかわいくんも塚ちゃんも、歴代で一番好きです
てか河合くん、ずるいほどかっこよくない?面白いとこもかわいいとこも取り込みつつスーパーカッコいいって天才、すき
戸塚くんのソロは1番なんて決められない、ぜんぶすき

えび担ならぜったい好きやろ?踊り狂うやろ?なFire in Loveに、どこかノスタルジックなGlory Days
Glory Daysを聴くと子供の5人が遠くに見えるようで、この人たちの昔の夢はきっとちゃんと、いまに続いている
願った通りや思い描いた通りではなかったとしても
彼等のなにを知っているわけでもないんだけど、ここまで来てくれてありがとう、わたしたちの前に現れてくれてありがとうって、胸がぎゅってなります、いい曲だー

そんなしんみりとした気持ちを切り裂くように、あのReboot!!!の昂ぶるBGMが始まる
めちゃくちゃ熱い!!!

ああこれは集大成だ、でもここからまたスタートするんだって、目の前が明るくなるような、眼が覚めるような、鮮やかな世界が広がった
最後じゃない、続きが待ってるって感じ
あそこからまた新しいアルバムが展開していくようなワクワク感がある

それから、あの2月のお渡し会の記憶が鮮明に蘇った
その後のオリコン1位の感動も
数日間のたくさんのハッピーな感情がからだ中をばーーーと駆け巡って、A.B.C-Zを好きになってすごく幸せだなって改めて感じた
いまどきこんなに、真面目に実直で泥臭くてまっすぐかっこいいアイドル、彼らくらいしかいないよ
彼らについていくと、いつも本当に素敵な気持ちをもらえる

先日のTHE MUSIC DAYで披露してくれたReboot!!!の気合いの入りようもすごかったなぁ、すっごくかっこよかった
もーあのとっつーのにっこにこ笑顔と、みんなの歌声の力強さったら!爪痕残したね!

でね、あの、個々みんなのソロ曲が最高過ぎたから詳しく触れたいとこだけど、それはきっと各担当さんたちが語ったほうがよいじゃないですか
なので、戸塚くんのことを書かせてほしい

戸塚くんは、裏切らないね
なにをかはうまく言葉に出来ないんだけど
なんかね、いまはこれしか言えないんだけど、戸塚くんのこと信じてると幸せなんだよね
すごいのよ、このひとが担当であることがわたしはとても誇らしい!

ドラマ、V、Dolphin

名曲揃いで震える、あんな詞をかける戸塚くんの世界が好きだ

Dolphinは戸塚くんが好きであろう音がふんだんに詰め込まれていて、彼の紡ぐ、時に痛々しいほどにまっすぐな美しい言葉が胸の深いところに突き刺さる

途中、語りの部分が始まったときは「どうした?!なにが始まった?!」って驚いたけど、あっという間に引き込まれた

ステージの上でスポットライトを浴び、弓のように鋭く凛とした眼差しで、まっすぐと言葉を淀みなく吐き出す姿
彼が舞台に立ち、ここぞというシーンで魅せる姿だ
観劇経験は少なくても、もうわかる
そのくらい、戸塚くんは戸塚くんの世界をきちんと持ってる
かっこいいよね
あーんなかっこいいのに、したったらずになっちゃうのほーんとかわいい、すき

そんな姿が浮かんで、それから、青く澄んだ海に勢いよく飛び込んでゆく情景も
ああ自分も飛び込もう、戦おう、って、背中を押されたような気がした

これはとても個人的な話になってしまうので、つまんないことだとは思うのですが
ディファイルドで心に火がついて、それからわりとすぐ、ありがたいことに新しい世界に飛び込むきっかけがやってきて、そしてそこへ飛び込むときにDolphinを聴けて
我が人生にただいなる影響をもたらしてもらっているんです
偶然だけど、すごいタイミングでどちらも受け取ったから、戸塚くんにはただただ感謝しかなくて
きっと一生大事だし忘れられないな、どちらも、ちょっとした人生の指南というかヒントというか、うん

あーーーーこれをコンサートで聴き見れる喜び…

しかも今年のコンサートって戸塚くんプロデュースじゃないですか、どうしよう、どうする?
いまからもう8月が待ち遠しくて堪りません

A.B.C-Zのおかげで毎日が鮮やかです
今回も素晴らしい作品をありがとう
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メモ

こっちは完全に演技とかシーンとか、ここ好きとかなんとか、ぶつぶつ書き出したやつです

脈絡などないし、ネタバレしかないから注意だよ





君にだって大事な人が、心配してくれる人がいるだろうと、言葉詰まりながらそう言った刑事さんは残酷だったな

それまでのやりとりできっといないと悟っている、本当の意味でだれもそんな人がいない、そんな言葉を吐く刑事さん自身だってハリーに寄り添えないと分かっていて言っていたんだろうなぁ

ハリーは縋るように理解者を求めて、刑事さんに心開いていくけど、刑事さんは最初から最後までどこまでも線を引いていた印象を受けた

仕事だからね、しょうがないよね
でも嘘ではなかったと思う
ただいろんな顔をもっているだけ
刑事としての顔、夫としての顔、親としての顔、子供だった頃の顔…カップを交わす瞬間は確かに友人のような親のような、ハリーにとってのなにかになれていたんだと思う
そのひと時が果たしてハリーにとって良かったのか悪かったのかは分からないけど

命を救いたい、平穏を守りたい刑事さんと、カード目録を、自身のアイデンティティを守りたかったハリーと、どこまでも交わらない平行線
ハリーの最後の言い分…更新出来ない書き換えられないカードも権利を持たない自分自身も意味がないと言うアレは、もうただの言い訳のようにしか聞こえなくて、はやく消えてしまいたかったのかな

戸塚くんと勝村さんの演技が素晴らしくて、コミカルなやりとりには何度もくすりと笑ってしまった
笑いをとるシーンが多かったものだから、これって実はコメディ?と途中から信じたくなったし、ハグをして肩を抱き合いながら図書館を出ていくふたりを見たときは、ここで終わるのだとおもった
ベターなハッピーエンドか、なるほどと

でも、ハリーはたぶん戻ってきた刑事さんに銃を突きつけられた瞬間から、腹を決めたのかなぁ
いや腹はとっくに決まっていたけど、最後の引き金になってしまったというか、一線を超えてしまったというか
なんどもなんども傷ついたハリーにとって最後の希望だった刑事さんは、あそこで選択を失敗してしまった
もう心を開くことのないハリーが刑事さんとした握手は別れの握手に見えたし、渡した目録と本は餞別のようなもの
肩を組み図書館から一度出たのは、ハリーなりの刑事さんへの誠意とか、情とか、そんなものにみえた

お姉さんへの電話の時点では、まだほんとうにさよならをする気があったのかなかったのか微妙だなぁ、なかったようにみえる
刑事さんとのやりとりで、なんとなく恋しくなってしまった彼の家族への甘えたい部分なのかなぁと
いざ話すと苛立ってしまったり、素直になれなかったり、でもきっとお姉さんのことはやっぱり大事だし心配してたのかなって

あと出ていった刑事さんをそわそわ落ち着きなく待つ様子や、電話の受話器を戻すとこなんかみてると、まだ刑事さんへの期待を捨ててないように思えた

ハリーが再びひとりきりで図書館に戻ってきてからはあっという間だった
ラストに向かう最後の数分間はメモをとることができなかった
畳み掛けるように変わっていく状況についてくのが精一杯で、心かき乱されて、すごく息苦しくて、戸塚くんの声と表情にすべてがもっていかれた、目を逸らしちゃいけない、瞬きも惜しくて、泣きながらそれでも見た

ハリーが撃たれてから、刑事さんの、ハリーに心配そうに呼びかける台詞と外にいる人たちに建物から離れろと指示する言葉が交互に聞こえたとき、絶望した
なんでだか、捨てられたと思ってしまった
それはまたなんか違うような気がするんだけど、でもいま見つかる言葉がこれしかない
ハリーは最期、あの声聞こえてたのかな…なにを思ってたんだろう

観劇後に、置き去りになった彼のコリー犬はどうなってしまうんだろうってぼんやり考えてた

戸塚くんの狂気じみた長ゼリフはもともと好きで、今回も迫力がすごかったけど、でもそれ以上に良かったのは、ふとしたときにやわっこくなるハリーのイノセントな部分…大事なコーヒーカップを持ってきたときの控えめに自慢げなきらりと瞬く表情や、刑事さんの持ってきたコーヒーを飲んだときにほっとしてからぱあっと明るくなる表情
そういうシーンの演技がとてもきれいだった、すごく好き

こういう無防備になる瞬間がたまらなくハリーを愛しくさせていた
だから余計に彼の心が追い詰められていくシーンはこわくてかなしくて、辛かった

冒頭で言葉なくただ静かに爆弾を設置していくシーンは祈りのように美しかった
祈りといえば、お母さんの命日には教会に行くと言い祈る仕草をしてみせるけど、戸塚くんはああいう儀礼的な動作が絵になる

あとは本の記憶を語るシーンが、あれはハリーというよりもすごく戸塚くん自身を感じて印象的だったし、共感できることばかりで胸が締め付けられた
読みかけのまま本を胸に抱いて眠ることや、たった一駅をつなぐ時間でさえ読みたくて持ち歩いてしまう特別な一冊の存在

紙媒体であるがゆえに享受できる触覚的な記憶
本は生き物であり、芸術作品であり、記録と歴史
なんと美しい言葉と感覚だ

この物語では本だったけど、そういう存在ってたくさんあると思う
触るだけで思い出に直接リンクできるなにか、自分と何かを繋ぎ止める大切なもの

あとインスタントやハンバーガーみたいな本って、笑えるけど笑えない例え方好き
これは脚本もともとからなのかな、素晴らしいセンスだわ

映画のように、毎夜レイトショーに通うことが出来ない、DVDのように自分の部屋で繰り返し好きな時に再生することもできない
いまこのとき、あの舞台上でしか見れないことが本当に惜しい
もっとたくさんの人が見れる機会があればいいのに!
もしかしたらまたいつか再演されることはあるかもしれないけど、でも、戸塚くんと勝村さんが再び揃うことはきっとない
勿体無い

でもわたしにとっては、いま見れて本当に良かった作品だ
18歳のわたしが見ても、30歳のわたしが見ても、きっと違う感想を抱いたと思う
A.B.C-Zを、戸塚くんを好きにならなかったら存在さえ知らないままだったはずの作品だ
今だから意味がある
きっとこの先何度も思い出しては悩む羽目になるだろうけど、ハリーのことを思うたびに胸が抉られるだろうけど、きっと一生かけて悩めるものにこうして出会えるのって幸せなこと
作品そのものが呪いのようだと思うけど、わたしには必要
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ディファイルド

ディファイルド感想を書くつもりだったのに、呪いの文章が出来上がってしまったでござる
戸塚くんの演技をひたすら褒め称えたかったはずなのに…はずなのに…

あれを見てからずっと混乱してて、自分の中での答えが未だに出せていないんだけど、たぶんもうまとまらないから、いまの状態を供養する

だって答えなんかないはなしだった、途方にくれてしまった
いまのわたしには刺さるものばかりだった

本物よりも付加価値のある偽物はいつか新しい本物になる

少し要約してあるけど、これはとあるデザイナーさんが、自身の展示会の紹介文に掲載した言葉の一部分だ
これに出会ってしまったときから、わたしはずっと迷子で、ディファイルドを見たことで余計に分からなくなってしまった

手仕事は尊くて、いつの時代になろうとその価値は揺るがないと信じられたのはいったい何歳までだったろう
少なくとも学生時代のわたしは漠然とそんなものを信じていた
手塩をかけて作った唯一は尊いと、世の中の人達だってそう思っているはずだと

だからもし、18歳のわたしがあの舞台をみたら、ハリーはバカだねと少し泣いて、でも笑って済ませてしまえたかもしれない
なにもそこまでしなくたってと、言えたかもしれない
もしくはもっと大人だったら…ディッキーのように定年間際くらい社会を知っていたら、そんなことは意味がない、変化を受け入れなさいと怒ることが出来たのかもしれない

ひとりぼっちで、ひとりよがりで、たったひとつの居場所を守ろうとした、偏屈なくせにどこまでも純粋な、子供みたいに傷つきやすいハリーをただかわいそうねって思えたかもしれない

だけどいま、機械や工業製品に飲まれそうな瀬戸際にあるものに関わるわたしにはハリーを到底笑い飛ばせなくて、怒ることもできない

伝統工芸の職人のような仕事をしている
職人ですと言い切る自信はない、ぼちぼち機械にも頼る面が増えていて、なんとも言い難い立場になりつつある
それでもまだ、アナログで伝統的な仕事が出来ている
積み重ねた時間が正直に技術に出る、それがまだ誇りとして持てるくらいには
手を動かすことが好きで、その素材が好きで、いまこの仕事をしているけど、わたしはいつまでこれが出来るんだろうとこの半年くらいはかなり揺らいでいる

あらゆるものをオートメーション化して、人手ではなく機械でものつくりを、工房ではなく工場へ
まだ計画段階だけど、簡単にいってしまえば流れはこんなところだ
図書館の手書きのカード目録を撤廃してコンピューターに移行する
ディファイルドのそれとまさに同じ流れの中に、自分がいる

見切りをつけて辞めるべきか、変化を受け入れ関わり続けるべきか
こんな会社で働き続けるなんてごめんだと思いながら、いっそこの工房ごと爆発でもしてぜんぶ終わってしまえばいいのにとおもう瞬間だってあった
そんな折にディファイルドを観劇した

現代におけるアナログの価値ってなんなんだろうね?
探し求める答えは、観劇後も見つからなかった
ただ問われた
それぞれの価値観の中にしか答えはないのだから、考えろと、お前の答えはどこにあるんだと、赤く染まったハリーに言われているような気がしてぞっとした

パンフレットの最初のページは、ことが起こってしまってからの惨状なのだと観劇後に気がついて、もうこの世界にハリーはいないんだと改めて突きつけられて、悲しくてしょうがなかった

立場的にはハリーに感情移入してしまいながら、でも、いかんせんディッキー刑事の言い分だってよーくわかる

大事なものは年齢とともに変わっていくし、守るものは増えていく
戸塚くんがどこかのインタビューで言っていたように、あえて鈍感になって、あらゆることを受け流す術も身につけてきた

ある程度の流れに身を任せてそれに順応していくことはひとつの進化ともいえて、それについて行けないものはただ淘汰される
シンプルな構造だ
大人になるにつれて流れの中にいることはひとつの居心地の良さでもあると知る

コスト、効率、生産性

吐き気がするけど、邪険にも出来ない、いま求められるもの

1000円の品より100円の使い捨て

わたしの、わたしたちのやっていることは、どれも効率が悪くて、そのわりにコストばっかりかかる、生産性の低いお金にならない仕事だ

たくさん作って、売って、お給料あげたいでしょうと言われて、そりゃあまぁと思う社会人のわたしだってちゃんといる
ものが沢山売れてほしいのは本当だし、お給料だって上がってほしい、何よりもっと休みがほしい

だけどこの手の価値はどこに行くんだろう

新しいやり方について行きたくないと早々に見切りをつけて、この業界には戻らないと言い捨てて、でも手を動かすことって楽しいよねと、ぽつりと残して去った先輩の顔が忘れられない
汚くても、怪我をしても、同い年の女性たちのように爪先のお洒落が出来なくても、それでもこの手を動かすことはたのしい
そういう気持ちで、もしかしたらその気持ちだけで、ここに留まっている

悲しいことに、この仕事はいつかなくなるんだろうなって感情のほうがいまはずっとリアルだ
人の心から手作りの価値が消え去るいつかを想像してしまうのが怖い
それは自分の中の諦めの具現のようだから

刑事さんからハリーへの提案のように、欲張らず、どこかちょうどいい場所ってあるんだろうか
偽物はいつか本物になってしまうんだろうか
新しい本物が違和感なく居座るようになる頃、それを後悔する人はいるんだろうか、わたしはそれをみて何を思うんだろう
ハリーはその世界をどんな目で見つめるんだろう

刑事さんの提案は飲まれずに、なにがテクノロジーだと捨て台詞を吐いて消えてしまったハリー、だけど、ほんとにそれで良かったの
それでもあなたの命が大事だって、届いてほしかったのは観客側のエゴだ
大事なものが奪われていくことに耐えられないと叫ぶ彼が、そんな世界で生きていけただろうか

わたしはこうして文句をいいながらもテクノロジーに囲まれなきゃ生きていけない
いまさらスマートフォンを手放すなんて出来ないし、グーグルにはお世話になりっぱなしだ
ボタン一つで大抵のものは手に入る利便性にこれからだって甘え続ける
都合の良いものにはなんの未練もないのに、進化に逆らうだけの情熱は、あるかな、自信ないな
それなりに大事なものも楽しいことも抱えてぬくぬくと生活してるわたしは、あんなさびしい最期なんてやだよ

そう思う自分は、どれだけ考えようとハリーのそばには行けない
そちら側へ行けないなりの答えを出さなきゃならない

ただこれだけは
もし、少しでも心動く何かがあるなら、本があるなら、音楽があるなら、大事に側においてほしい
もし、ハリーの復活のカップのように、これはと思う何かに出会ったら、それが少々値の張るものだとしても、どうか手にとってほしい

見えない誰かにも誠意あるものづくりを、これはわたしの恩師が就職が決まったときに言ってくれた言葉だけど、きっと作り手はみんなそう思って作ってるから
 
わたしはいつか作ることをやめてしまうかもしれないけど、そういうものが、そういう価値観が、せめてずっとなくならないでほしいと願ってる
 
なんて、気取ってること言っちゃって、悶々としながらゴールデンウィークもぜーんぶお仕事です!
皆さんよい休暇を!
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振り返り、思うこと

もうすでにいろんな人が感想書いてくれてるけど、この1週間、ふわっふわしちゃってそろそろ落ち着かないとスタミナ切れちゃうので、ここで整理してひとくぎり
毎度のことながら暑苦しくて長いので、適当に流してもらえれば…

ツイッター上でも散々荒ぶったけど、本当に、ほんっとうに、オリコン週間1位おめでとうございます

お渡し会も無事に終わりましたね
デビュー組がやることとは思えない、CD購入者はもれなく参加できちゃうハイタッチ会なんて、あのひとたちクレイジー過ぎるでしょ、すき
みんなお疲れ様でした

最終的に2万5千人ほど来場したそうで
もちろん2回勢が多いだろうけど、それでもこの数字…やー…えびさん本当におつかれさま…
まじで大変だったとおもう
後日ラジオにて休憩があいまあいまに5分ずつくらいしかなかったと聞いて、余計に彼らには頭が上がらない

あのイベントは確かにCD販促のためであったのだろうけど、でもそれ以上に、A.B.C-Zがファンに対してなにかしたいと思ってくれたからこそ実現されたイベントだったんだと、終わってからしみじみ思った
ただ売り上げを伸ばしたいだけなら、あんな泥臭いイベントである必要はないんだよね
ファンも本人たちもみんな一緒に地獄だよ!みたいな状況だった、ほんとに
でもその地獄が最高に楽しかったというやばさ

当然のように2周したけど、ディズニーより並んだ、ていうか人生で一番並んだ、合わせて9時間くらいは並んだ
ひとりだったら二周目は無理だったとおもう…友達と一緒でもちょいちょい心折れそうだったもの…
立ちっぱなしでそのうちの半分は外で、寒いし雨降るしで辛かったし、こんなに並ぶとは思ってなかったからお腹は空くし、建物の中に入っても強制収容所かな?みたいなすし詰め具合だし、歴代MVの無限ループだし…

ここだけを思い返せば気が狂う環境だったけど、あんなにひとがいたのに見るからにマナー悪い人っていなかったし、嫌な思いをしなかったからすごい
わりともうみんなの倫理観で動いてますって流れだったのに横入りとかなかったし
小さいお子さんたちもおとなしく静かに待ってて、ちびっこたちも親御さんもすごいなぁって思ったし、子供達にまわりのひとが楽しく構ってたりして、うん、きもちのよい場面があった

えびのメンバーがそれこそ目と鼻の先に現れても、押し合いにならないし、駆け寄りとかもないし、無為に手を伸ばしたりするひともわたしの見た限りじゃいなかったし平和だったなぁ

そもそも荷物検査すらなかったのは、それはどうなのって今更におもうけど…じゃ、ジャニーズなのに…!

えびのファンは常々マナーがいいと言われていたけど、それを本当に実感しました

そういう意味ではストレスなく過ごせて、もうひたすら己の肉体の物理的なしんどさのみだったんだけど、ご本尊を目の前にするとそんなものは全部ぶっ飛んで消えたからジャニーズすごい

5人が一番大変だし疲れてるのに、2回とも神対応だったことが本当にあの人たちのアイドルとしてのプロ意識の高さを痛感させられた

特に2周目、メンバーお疲れなの分かってたから余計なことは言えず、ありがとうございますとだけ伝えたけど、そのときのハイタッチ、メンバー全員ハイタッチからのぎゅっと手を握ってくれて、なにそのオプション…好きになってまうやろ…ああもう好きでしたわ…ってかんじでした
めろめろですよ、あざとい、あざとすぎる、すき

やー…いい会でしたね…ほんとに…そのあと1位とってくれちゃったものだから余計にお渡し会が特別なものになった

お渡し会を迎えるまで、はしスタで連日言われた1位とりたいという言葉を見るたびに胃がねじれるような気持ちだった
この願いが叶わなかったらこの人たちの5周年はどうなるんだろうって、考えたくもなかった

お渡し会当日、やっぱりはしちゃんが、1位がほしい!みんなもそうでしょ?!とさらに想いを届けてくれた
こんなに切実にまっすぐ、捨て身で欲しいと求められる「1位」をわたしは経験したことがなかったよ

思えば、ここまで1位にこだわる状況に置かれたことすらなかった
他のグループは意識しなくても1位をとってたから
…っていうと、わー!なんかすごいやな奴っぽいなー!えらそうね!
でもほんとに、言い方悪いかもしれないけど、とれて当たり前だと思ってたし、こんなに本人たちが1位とりたい!ってアピールしてくるような状況もなかった、まさか追いリブートなどと言い出すとも思ってなかった

A.B.C-Zを好きになって、1位が当たり前じゃないことに驚いて、でもしょうがないって思ってたんです
これが彼らの実力なんだから、しょうがないねって
花言葉もT5Tもスターラインも
冷たいけど、なんなら今回のリブートだってぎりぎりまでそう思ってた
これでダメならこれがいまの彼らなんだから、それを受け入れるしかないって

形態ちがいは特典が見たいから全種類買うけど、それ以上の多々買いは好きじゃなくて、やったことなかった
そりゃ売れてほしいけど、わたしが一枚増やすことよりいろんな人に買ってもらえなくちゃ意味ないじゃんって基本的には思ってる
たぶん、その考え自体はこれからも変わらない

ただ、今回のリブートに関しては追ってよかったって心から思う、自己満足だけど、自己満足じゃないというか、いや自己満足だ!

なんだろうね、A.B.C-Zはファンをすごく対等にしてくれるって、お渡し会を振り返るとより強く感じる
えび座の応援屋を思い出したよ、応援屋のストーリーはA.B.C-Zそのもののアイドル観とファンへの向き合い方なんだって

わたしは基本的にアイドル達からすてきなものを提供していただいているという完全なる下僕スタイルでファンやってて
与えてもらってる側なんだから、偉そうなことは言うもんじゃないし、こちらはそれに見合うほどのなにかを返せるものはないって思ってて、売り上げに貢献するという感覚は、ものを買ってたって考えたことなかった

でもA.B.C-Zは、持ちつ持たれつ、お互いがいてお互いがあるを体現してくれていて
わたしたちのしたことは、きちんと彼らに伝わってるし、受け止めてもらえているという手応えが確かにあって、さらに丁寧に返してくれるから、そう思えるのかもしれない
CD1枚の重みを感じさせられた…
…いや、そもそもこんなにごちゃごちゃ考える場面も必要もなかった
ただふわっと楽しんでたの!それでよかったんだよ!なぜA.B.C-Zはわたしをここまで悩ませるの

2周目で、会場に設置されていたCDコーナーで1枚だけ買いました
予約の時点でも、発売してからも、もっと沢山買った人たち、いっぱいいたよね
それに比べたらなんとまぁちっぽけな、なけなしの1枚です、なんならこうやって話してしまうことも恥ずかしいよ…
でもきっと、他にもわたしみたいな人だっていたと信じてる…
わたしには、既に持ってるものをもう1枚買うってすごいハードルだったし、買った直後もこの1枚が何に繋がるのか…ていまいち納得出来てなくて

でも、だって、はしちゃんがさぁ…!
わたしは橋担じゃないけど、それでもはしちゃんの言葉と行動は、何かしなきゃって思わされた
はしちゃんってすごいね、人の気持ちを動かす力を持ってるね、ていうか、はしちゃん本人が自分にやれることやってるんだからこっちもやらなぁってならざるを得なかった
はしちゃんのA.B.C-Z愛、強い
もしかしたら彼がいちばん、A.B.C-Zのファンなのかもね
はしちゃんがA.B.C-Zのセンターで良かった、すごい引っ張ってくれてる、本当にありがとう

そのあと追いリブ袋をみたとっつーが、ありがとう!!!って笑ってくれたことでほんのすこし救われて
いざオリコンの週間ランキングが出てA.B.C-Zが1位だってわかった時、仕事前なのに朝から泣いて、それから更新された伝助さんとはしブロでまた泣いて、彼らが手放しで喜んでくれたことが本当にうれしくて、その姿をみれたことがうれしくて、ほんのすこしだけど、貢献出来たのかな、それなら今回はこれでよかったんだって思えた

いいスタートはきれたよね、再起動バッチリだよね?

写真集もコンサートも、それぞれの個人仕事も、どれも楽しみにしてるから
A.B.C-Zの放つキラキラした世界が、もっと沢山のひとに知ってもらえる1年になってほしい
2017年の終わりに、すごい5周年だったねと彼らが笑えるように、ちっぽけな手伝いしか出来ないかもしれないけど、やれることをしたい
そしてドーム公演への足がかりになってほしい

おめでとうとありがとう

A.B.C-Z!5周年!おめでとうございます!!!いえーーーーい!!!

いつも歌にダンスにアクロバットにバラエティ、お芝居やライブ、誌面での活躍などなど…
もっといっちゃえば、なにかを見ていなくても、聴いていなくても、ふとしたときに頭の中に自然と現れてくれて、支えてくれる
たくさんの姿で楽しませてくれてありがとう

A.B.C-Zのいつだって全力で頑張ってる姿が眩しくてかっこいいから、彼らが頑張ってるんだからって思えて、励みになって日々生活できている

ファン歴がやっと1年になったスーパー新参者ですが、この大切な節目に立ち会えたってすごいことだなって、グッときた

怒涛のテレビ出演に、デビュー日にシングル発売、会報発送のお知らせに、まさかのコンサート日程決定&会場の発表!
こんなにサプライズいっぱいでいいの?!
幸せすぎて気持ちが追いつかない!
とりあえずReboot!!!めちゃくちゃかっこいい!
祝いたいのはこっちのほうなのに、ありがとうを言いたいのに、A.B.C-Zにすごく与えられている…!
すごいね、しあわせだね…!

当日のお祭り状態を、いまあらためて噛み締めてるんだけど、いろんなひとがついったにあげてくれたイラストや言葉をばーーーって見てたらまた泣けてきた
なんて愛に溢れてるんだろう

去年の4周年はまだハマり始めで、お祝いするというにはあまりにも彼らを知らなかったから、みんながおめでとうと言うのをなんとなく眺めていただけだったので、今年は参加出来て嬉しい

ファンになって1年過ぎたし、戸塚くんの一万字も出たし、それを読んで思ったこととかA.B.C-Zに対する気持ちなどを、ちょっと書く
まとまってなくて、しっちゃかめっちゃかしてるけど!気にしない!

いつも長すぎるから、今回は短めが目標…!

戸塚くんの一万字は、戸塚祥太というひとがどれだけ優しくて人思いな人物なのかをただただ痛感した
しばらくは何度読んでも涙目になると思う
あのインタビュー、読みながら自然と頭の中でVが流れるよね?流れたひとはわたしと握手

メンバーひとりひとりに向けた言葉も、お母さんへの感謝も、ファンに対する誠実さも、仲間や先輩や仕事で関わる方達への敬意も、映画やお芝居や書き物に対する情熱も、なにもかもがまっすぐで透明で、きらきらしてて、美しいひとだと改めておもった

そのきらきらってのは、ただ無垢にキレイなんじゃなくて、悔しさも苦しさも大変なことも含んでいっぱい揉まれたゆえに生まれたきらきらといいましょうか
きっといろんなものでたくさん傷つきもしたけれど、結果的に磨かれて輝いたものなんだろうなぁと

彼の作る詞がとてもすきなんだけど、それは彼の見ている世界がきらきらしてて、その彼自身もきらきらしてるから、そんなひとが選んだ言葉だから胸をうつんだなぁなんて考えたり

わたしはファンになって日が浅いから、こうやっていま与えられたもので戸塚くんを見ることしかできないけど、何年も何十年も…それこそデビュー前から応援している人たちにとって、それだけ長く追いかけたくなる魅力をこの人はずっと昔から持ってるんだろうなぁって、それが今回の一万字で感じたこと

戸塚くんを好きな人たちは、もちろんそれぞれファンになった経緯は違うだろうけど、でも戸塚くんの放つきらきらに当てられたというのは一緒なのかもしれない
そしてそのきらきらって、年を重ねるごとに増してるはずで…
このさきもっともっと素敵になってくのだと思うと…やー…大変だー!
ほんとに、前についったでも呟いたけど、世界中のひとが戸塚祥太に恋してしまえばいいよ!

ファンに向けていってくれた見せたい景色のこと、ごめんねと待っててという言葉
いつだかはしちゃんもはしブロで似たようなことを言ってくれたことがあって、どちらもすごくあったかくて強い

あれだけ真摯に言ってくれたのだから怖いものなんてない
大丈夫だって確信がもてるというか、素直に信じて応援してようって改めて思った

そもそもA.B.C-Zに惹かれた理由はなんだったかってはなしだ
遅くていい、不器用でいい、いつもアクセル全開なのも見ていれば分かる
遠周りだろうと、思い描いた通りでなかろうと、でもぜったい未来は明るい!そう信じられるだけのものを魅せてくれている
そういう人たちだから、それがA.B.C-Zだから、好きになった
夢に期限はないって、すごくいい言葉だ

ちょうどそんなことを考えていたときに、つい先日放送されたGood Time Musicでのファンの人たちのコメントを見てて泣いてしまった
だって皆、とてつもなくあったかいんだもの
長いことファンをやっている方が多かったから余計に重みがあってね
想像することしか出来ないけど、A.B.C-Zの長い歴史のあいだに、一緒に悲しいことも悔しいことも乗り越えてきたのだなぁって
ああ、こういう人達が彼らを信じていてくれたから、今があるんだなぁって思ったの
そのおかげでわたしは彼らを知ることができて、いまこうやって好きになれたんだって
A.B.C-Zのファン、すごいな!ってもうなんか、誰目線なのか分からない位置で感動してしまった
そんなファンがついているA.B.C-Zってめちゃくちゃいいグループでしょ

以前戸塚くんが、いや伝助さんが?
伝打伝助にて、SLTコンサートが終わったとき「ファンの前がA.B.C-Zの帰る場所であってくれ」と書いていた
そのA.B.C-Zは、戸塚くんにとっての帰る場所だと一万字で語ってくれた
そしてメンバーに対しても、もしなにかやらかしたとしても、世界中を敵に回しても、俺たちだけは味方だから、ここに帰ってこいという場所なんだと言ってくれた

なんかねーもうねー…いいよね…
好きだ
こういう言葉を聞くとSMAPを思い出してしまって、それも相まって…あの人たちもそういうグループだから

ただ、そうは言われましても、正直わたしにとってA.B.C-Zは遊園地というかアトラクションというか、出かけた先にある夢の国です
おかえりーただいまーが言えるような近さはないんです、まだ今は
これ、ブログのタイトルもそういう意味でつけたんだけど、帰るというには、ほんとに、まだ遠いのです

そういうのはある程度時間を積まないと得られない感覚で、1年やそこらで育つものではなくて、だからまだまだ新鮮にドキドキワクワクさせてもらうし、お祭りのような気持ちで会いに行くし、当分はお客さんだよ~

だけどいつか、いい意味で、A.B.C-Zが自分の中で当たり前のように自然な存在になって、コンサートや舞台に行くたびに、帰ってきたなぁと思える場所になったらいいなぁ
そのときはいったい何周年、いや十何周年を祝うときなのかなぁ
そういうのもまた楽しい

記念イヤーは始まったばかりなので、この1年がA.B.C-Zにとって最高の年になりますように!

戸塚担に至るまで

もうすぐ2016年も終わりますね…
今年はA.B.C-Zで始まってA.B.C-Zで終わり、またA.B.C-Zで始まることになるというA.B.C-Zまみれな年になりまして

いやーおかげさまで濃密でとってもたのしい1年になったよー!A.B.C-Zありがとう!最高!すき!

わたしが彼らに興味をもって好きになり始めたのは今年1月終わり頃なんだけど、わたしをA.B.C-Zの元へ引きずりこんだ友達から届いていた年賀状にはすでにA.B.C-Zの名が載っていた、なにこれこわい


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パセラでアリサマ鑑賞、たのしかったね

 
年の瀬だし、ちょっと自分の中での変化を振り返ってまとめておきたいなーと思い、手始めに河合くんと戸塚くんに対する個人的な思いを書き出してみることにしました

いかにしてA.B.C-Zを好きになったかっていうのも書きたいんだけど、それはきちんと1年経ったときにと思ったので、さきにこっち

担当が決まるまでの心境という、これ読んでも面白いのかなってかんじの話だよ
いろいろとぶれぶれなので、なんでも大丈夫やで~ってひとは暇つぶしにでも読んでくれたら嬉しい


わたしはいまでこそはっきりと、ふみとつシンメ推しの戸塚くん担当ですって言えるんだけど、少し前までは戸塚くん担当と名乗れなかった
というのも、自分が完全に戸塚くんが好きだ!と自覚出来たのはSLT東京公演がおわった時だったから

それまで河合くんと戸塚くんどっちも同じくらい好き…というか、なんなら河合くんのほうが優勢なんじゃないかと思ってたくらいで、じっさいコンサートの時はラベンダーカラーのお洋服で行った

かわいくんもすきなんだ、ほんとなんだ
そもそもえび関係なしに紫色が大好きなんだ、ピンクも大好きなんだ、だから紫とピンクがふみとつのメンカラでわたしは嬉しい
なんてかわいい組み合わせなんでしょうね!

なぜ河合くんと戸塚くんのシンメに落ちたかって、それはふたりがシンメだからだよとしかいいようがない
ふみとつはもう哲学だと思ってるからいつかまた別記事で暑苦しく語るかもしれない
とにかく、ふみとつやばいってところから始まってどんどんA.B.C-Zを好きになっていった

だから5人5色でそれぞれ好きなところはあれど、自然と目で追ってしまうのはふたりのことで

最初に、自分が河合担かもしれないと思うくらい惹かれたところって、彼の仕事人ぶりが素晴らしいということがまず第一にある

ジャニーズという世界を敬愛していて、それを体現するためになにをすればいいか、アイドルという職業をよく理解して動いてるなって印象は最初からあったと思う
これはきっと河合担でもそうでなくても、彼に対する印象として抱くところなんじゃないかな

ちょうど好きになり始めの頃に、A.B.C-Zダヴィンチで大型特集を組まれて、その記事を読んだ印象が大きかったというのもあるかもしれない

グループ第一のために、自分にも他人にも厳しくできる真面目さ…ときには自分が悪者になろうとも、嫌われる覚悟をもって、人にぶつかっていけるその人間性をとても尊敬してる
戸塚くんからたびたび語られてきた、私たちからは見えないところで誰よりも先頭きってA.B.C-Zのために戦ってくれている河合郁人なんて、感謝しかないじゃないですか

あと有名なところだと後から加入したはしちゃんに厳しくしていたエピソードかな
あのあたりの話はほんとうに、はしちゃんのこともA.B.C-Zの未来のことも信じていたからこそで、愛がなきゃ出来ないし、河合くんの厳しさがあったからはしちゃんはいまこうして圧倒的センターとしてここにいてくれていると思ってて

そのへんはA.B.C-Zの絶妙なバランスがうまく働いていて、改めてこの5人でよかったと感じるところなんだ
マイペースに優しく見守っていたであろう五関くん、弟的にかわいがっていた戸塚くん、年が離れてるのに本気で喧嘩のできる相手だった塚ちゃんに、怖い対象だった河合くん
役割がきちんと整っていた
それは今になってみればってことなんだろうけど、それはもう5人でやっていく運命だったんだねぇ…
そして4人にしっかりとしがみついていったはしちゃん
…このへんのこと考えるとはしちゃんの話になっちゃうから、やめるけど

とにかく、河合くんのそういった人間性に惹かれて、太めで色気のある歌声も好きで、かっこいいひとだなー!と思った
あと顔面も好きです、そりゃあもちろん

ちゃんずーでへたれなところを知っても、うちわ芸やソロ曲でふざけるところを見ても、それでもわたしのなかでA.B.C-Zイチかっこいいの象徴は郁人さん

そんなかっこよくてアイドルらしくアイドルしている彼についていけば、間違いなくいい景色を見せてもらえるだろうっていう確信があったし、その感覚はいまも変わらない
彼がひっぱってくれてるんだからA.B.C-Zは大丈夫だって信じられる
そんな安心感が河合くんにはある

そして好きになってから発売された花言葉のお花屋河合くんが、もう、それはもう、わたしのドンピシャだったんだ、なんなら今年1リア恋枠なんだ
エプロンだよ?お花屋さんだよ?さわやかショートヘアだよ?あんな綺麗なお兄さんが美しい花々に囲まれてお仕事してるんだよ?無理なんですけど!!!

このあたりで、あー、わたしは河合担かもしれない…河合くん…かわいくん…って友達に言っていた記憶があって

でもそれと同じくらいとっつー!とっつー!とも言っていた、魅力的だからね、仕方ないね

友達が送ってくれた動画を見て最初に、このかっこいい人だれ?って気になったのが戸塚くんだった
あまいお顔と少しかすれたような歌声が耳に残り、なにより少クラで披露したふみとつ砂グラでの踊り方がめちゃくちゃ好きだった

そのあとみた数々のMVでもいちばんに目がいってしまうのだけど、とっつーのダンスってすごく軽やかでふわっとしてて、ガッシガシにかっこよく踊る場面でもしなやかというか…見てて心地よいやわっこさがある
表情が曲の世界観に入り込むところとか、なんだか自由なところとか、そういうのぜんぶひっくるめて羽根のようなひとだという印象だった
あとターンの仕方ががとても王子様だなぁ好きだなぁっていつも思う、きれいなんだよなぁ

戸塚くんを調べるとかならず上位に出てくる奇行エピソードには、ふーん?ってかんじだった
そういうキャラづくりなの?って、そういうのはあんまり好きじゃないなぁって
でも掘り下げたら、単純にガセネタだったり、本当の話でも、このひとはただやりたいことを至極真面目に本気でやっているだけだと知った
なーんだ作ってるんじゃないんだって分かって、彼の少し癖のある人柄に惹かれるようになった
 
特に、言葉や物事の意味をよく咀嚼して、自分の中に落とし込んで大事にしているところが好きだ
ドクロの指輪ひとつ身につけるのにも理由があるんだよ?わたしそういうのすごい弱い
適当なもので身を固めていないというか、選ぶものには理由がある
ネイティヴアメリカンの思想に憧れて、そのままな格好になったりね
取り入れ方の直球さったら…素直過ぎるー!とも思うけど
それで結果的に周りからみたら変だと言われたとしても、ちゃんと自分の信じるものを信じきって行動する
そのぶれなさって見ていて気持ちいいし、かっこいいじゃないですか
ちゃんと筋が通ってるとわたしは思ってて、外からみたら違うかもしれなくても彼の中の正しさはまっすぐなはずだ

分かりやすいのは、Mステバンダナ事件かな
本人はもう掘り返されたくないかもしれないけど、やっぱりあれは新規はかならず通る道というか、知ることになるエピソードでしょう

放送からジョーダンバットで語られたところまで含めて(近頃10,000字インタビューにて河合くんからも語られたね)戸塚くんのまっすぐさと独自の価値観と不器用さがわかりやすく詰まっている
大真面目にやらかして盛大にへこんで…あのかんじ、愛しさが深まるよー
ついでに郁人さんの対応が素晴らしすぎて、ふたりとも好きにならずにはいられない
ちなみにわたしはとっつーのバンダナは大いに賛成派

そんなのもあって、わたしは彼の行動が奇行って単語ひとつで片付けられていじられるのはあんまり好きじゃないんだけど、それは置いとく

お花屋河合くんがリア恋枠とすると、戸塚くんはただただ幸せになってほしいというか、見守りたいというか、自由でいてほしいというか…

なんてったってフィアンセ戸塚に感情移入しすぎて、彼がかわいそうすぎて、わたしは花言葉本編のDVDを一度しか見れていないのだ

あれ、また再生出来る日は来るのかな…無理かな…さよならお花屋さん…

えび座2015ショータイムは狂ったように再生してるんだけどね
いやだってとっつーのオールバックっておでこフェチとして国宝級に美しいし、なんてたってふみとつ砂グラですから、死ぬときは棺に入れてください

こんなかんじで花言葉は曲がすごく好きで、衣装も振り付けも大好きで、それぞれの役どころもとても魅力的で、MV・特典があらゆる意味でわたしの心に大きな爪痕を残した最高の作品だった

このあたりはA.B.C-Zたのしい!わーい!と順調に突き進んでいた

それから彼らの個々の舞台を観に行くようになり、シングルアルバムコンサート…と怒涛の夏に雪崩れ込んでいくけど、5月あたりから本格的に担当迷走期へ突入することになる

いや正確には、戸塚祥太という人物に対する解釈への迷走期、というべきかもしれない

それまでは、うーん、戸塚くんも河合くんもすきだなー選べないなー!みんな担当ってどうやって決めるものなんだろう?!って、ふわふわすることすら楽しかった

過去にジャニーズを好きになったときは迷うことはなかったんだ
キンキなら剛くんに一目惚れだったし、V6なら健くん一筋だし
他のメンバーのことも好きだけど、好きの温度に分かりやすく差があった

おなじグループでおんなじだけ好きになることがあるとは!

迷走期の入り口は主演舞台の公演が始まったあたりから

どうも世間が戸塚祥太に対して当たり強いぞ?と感じることがすごく増えた

シングル発売などもあってメディア露出も重なってか、仕事の仕方に対しても、彼自身の人格や振る舞いに対しても辛口な意見を目にすることが多くて、それがすごくしんどくなった

もともと目にするものに感情が左右されやすい自分の意思の弱さもあって、急激にオタク楽しくないぞ…ってなってしまった

A.B.C-Zを好きになって半年も経たずにこれだもの、ぶれっぶれである

どうして戸塚くんはこんなにいろいろ言われるんだろう?そんなに悪いことでもしたの?…と悶々とした
ネット界隈の目立つ意見や言葉に引っ張られて、自分自身、戸塚くんの言動をすごくななめに捉えていやな見方をしてしまったときもあって、ほんとに楽しくなかったな

戸塚くんを見ていたらこんなにしんどい思いをしなきゃいけないのか…ていうかなんで戸塚くんのことでこんな悩まなきゃいけないのか…
河合くんにきゃーきゃーしたら楽しいだろうなぁって思った
でもそういう動機で担当って名乗るものなの?なんか違くない?
みんな担当ってどう決めてるんだよ…教えてくれよ…

なんてかんじに重く考えてたね…

そんな状態が続いて、コンサートを迎える日まで1ヶ月ほどツイッターを見るのをやめた

とりあえず雑音なしにちゃんと戸塚くんのことについて考えたかった

…ここまで読んでお気付きかとおもいますが

そう…こんな考え方をしてる時点で、いやお前それはどうあがいても戸塚担…って感じなんですけど、ものすごく真剣に悩んでたんだよそのときは
今となってはなにをそこまでって自分でも滑稽なの
考え過ぎて逆に考えられなくなるやつです、冷静でなかった

まわりの評価をゼロにして、自分の目でみた戸塚くんは…なんというかな
努力をしているのになかなか本人の望むような結果に至らなくて焦ったりへこんだりしてて、いつも自分自身と戦ってて、でもちゃんと愛してもいて
好きになったり嫌いになったりしながら、メンバーそれぞれのことをすごく尊敬していて、そこに見合う自分を作り続けているんだろうなって
いたらないことがあったとしても、彼はぜったい仕事に対して手を抜いたりなんかしていなくて、まっすぐには走れていないかもしれなくても、ちゃんと走ってて、真剣にわたしたちの前にいてくれているんじゃないかと
仮に、わたしたちファンの目から見て「ん?」と思う言動をしたとしても、ちゃんとなにか理由があってそうしているんだろうなって
いやそのへんはもう希望的観測なんだけど、でもあのとっつーだよ、理由なくやらないよってね

でも同時に、彼はアイドルに向いてないのかもしれないな、とも思った
ファンにあれこれダメ出しをされてしまう彼は、アイドルとしては優等生とは言えないのだろうなって
この仕事をしていなければ、容姿や服装や振る舞い方に対していろいろ言われることはなかったんだろうなって、切なくなった
好きなことを好きにやる自由さが戸塚くんの魅力の1つであることに違いないのに、アイドルをする上では必ずしもそうではないのかもしれない
でも彼は、自分で選んでジャニーズという世界に留まっていてくれていて…

とかね、ほんっとに、ごちゃごちゃ考えて、ネットでのあらゆる評価を本人が目にして、傷つきはしないかと勝手にはらはらしてた
そしてわたしは勝手に傷ついてた、おまえは一体何様なんだってかんじだよ!

わたしたちが知る彼らの姿なんてごく一部分で、もしかしたら2割も知らされていないかもしれなくて、極論を言えばすべてがフェイクかもしれない
虚像だと意識してしまえば、こんなに考えたってしょうがないんだよね

もっというなら、人の性質を決めつけてあーだこーだ言うのも好きじゃないんです、ほんとは

失礼だな、自分の思い込みだなってことばっかりな気がして

だからこういう記事を書くのってどうなんだろうって思ったんだけど、これはもう、自己満足だから、年の瀬だからと、開き直るしかない

それでまぁ結局、戸塚くんに対しての感情が自分の中でうまくまとまらないまま、コンサート当日を迎えた

SLT東京公演は、始まってみたら3公演とも戸塚くんをオペグラで追いかけ回していたよね…やー…体は正直だった

やっぱりとっつーのダンスすごく好きだなぁ…お顔が綺麗だなぁ…歌声も好きだなぁ…とっつーが楽しそうで嬉しいなぁ…かわいいなぁ…かっこいいなぁ…と、もうずっととっつー

そして、このひとはアイドルやってんだなぁ…アイドルなんだなぁ…って、しみじみ感じた

あのライブを肌で感じて、リアルタイムで生でその姿をみることでやっと分かったというか、納得できた部分があった

言葉で落とし込もうとするだけ野暮だったのですよ!

それでもまだ千秋楽を迎えるまで、往生際悪く、いやでも河合担かもしれないし…と言い張っていた

東京千秋楽のアンコールで、指差し&サムズアップというファンサをいただいて、あ、これはもうむり、すきって、落ちました

全面降伏もいいとこです、ほんとうにありがとうございました

いやそれは最後の一押しというか、とどめを刺されたというか、なんかこうトリガー的なものになったに過ぎなくて、コンサートのステージに立つ彼は輝いてたから

歌って踊ってバンダナ巻いてギターを抱いて暴れる姿から目が離せなかった
ソロパートのVなんてもう、どうしようもなく最高だったじゃないですか
あんな楽しそうなひとをみたら、そんなの、たまんないじゃないですか
戸塚くんはキラキラしていた
キラキラしてたんだよー!

この人を応援したいとおもった
楽しかったし幸せだったから、このコンサートがずっと

河合くんにもおなじように思ってるけど、彼への感情には、A.B.C-Zの代表者的な見方をしている部分があると気がついた

A.B.C-Zをひっぱってくれてありがとうとか、守ってくれてありがとうとか
みんなのことよろしくお願いします、という

A.B.C-Zの行く先は当然見たい
5人がドームに立つ姿が見たい

そのなかで、いっぱいいっぱいになりながら進む戸塚祥太という一個人がこのさきどんな道を選んでいくかを見たい
たぶんまたハラハラしたり心配したり、まわりの意見にへこんだりするかも知れないけど
それでもとっつーを見てしまうんだろうなぁ

そんな気持ちで締めくくられたSLT東京公演だった

そうして帰り道に、わたしとっつーが好き!って元気よく宣言したんだけど、友達たちには、今更?周りはずっとあなたのこと戸塚担だと思ってたけど?って言われて、すごく恥ずかしかった



長くなりましたが、こんな具合で戸塚担に落ち着いた次第です

でも河合くんにも相変わらずきゃーきゃー言ってるので、結局のところ、わたしはシンメが好きです



それにしても、こうして改めて文字にすると、わたし相当めんどくさい性格をしている…

でも好きだという確信をもってしまえばスーパーちょろくて、一周回って周りのことなんか知るか!うるせぇ!とっつー最高!今日も生きててくれてありがとう!と開き直るようになったよ

見たくないものは見ないし、聞かない、知らない
快適に楽しむためには必要なことだと思う

いまは頭使わないで、とっつーかわいいなぁかわいいなぁ~お顔が綺麗だから100点だよ~!という愛で方をしているのが最高に楽しいです

A.B.C-Zファン1年生にしてこれだけジェットコースターに感情を乱されてるんだから、これからだっていろいろあるんだろうな

ちゃんと自分の目でみて、感じたことを大切にしたいなぁと思った2016年だった

2017年も楽しむよー!
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彼らをドームで見たい訳

いつかえびさんたちをドームで見たい

五大ドーム凱旋!とまでは言わない、いや、もしかしたら、そんなビッグになる可能性だってあるかもしれない

広い広い会場で、グレートな5人がでっかいことをする様を、そしてエビファンってこんなにいるんだぁ…彼らは愛されている…と実感できる光景を、見たい

夢というか、来るべき未来であってほしいというのでしょうか
ドーム=売れっ子アイドルの象徴といいますか
ドームでコンサートをやってほしいっていうのはファンなら思い描くのではないか…というのは、うーん、どうなんでしょうね?
少なくともわたしは、思っています

近頃聞いた「代々木で一週間連続コンサートをやれたら」や「ドームはお客さんとの距離が単純に遠くなる」という、彼等自身の言葉は嬉しいものがありました
ファン側が彼等を近くで見ていたいって思うのは当然のことだけど、アイドル側からも「お客さんとの距離が近いことが嬉しい」って言ってもらえるってありがたいことだなって、リップサービスが含まれていたとしてもね

代々木のあの距離感は絶妙だもんね
天井近くたって、ちゃんと楽しめたもの
角度によって演出の見辛さはどうしても避けられないけど、それでもメンバーは遠い席のお客さんのところまで駆け寄ろうとしてくれたり、煽ってくれたり、ファンサービスも手厚かった
メンバーが側まで来てくれるのは、えびファンのマナーもあってこそだと現場に入って感じました

代々木だからこそ出来ること、というのは確かにある

先輩方のなかにも、ドーム規模でも集客が出来る人気をもっていてもドーム公演をしないグループはある
それはかっこたる主義があってのことだから、素直にかっこいいと思うし、えびもそういう路線で行くのだってありだと思うときがないわけじゃない
クロバットが売りで、5人のパフォーマンスで魅せることに磨きをかけているのだから、会場規模が大きくなったら、もしかしたらその魅力はうまく活かせなくなるかもしれない
彼らの魅力の方向性が変わる可能性もあるかもしれない

でも、そんなあるかないかの話はいましたところで〜ってかんじなので置いておきましょう

彼等がドームに立つ姿が見たいと思ってしまったのは、わたしの中で代々木じゃ超えられなかった感動がきっとそこにあると期待しているから

SLTはもちろん、感動しました

5trainのあのスタートに高ぶらないはずがない彼等の身体ひとつでばっきばきに魅せられたシンプルなステージはひたすらかっこよかった
大掛かりな装置に頼らなくても、5人それぞれが存在感を放っていて、ここまで出来るのかって圧倒された
世界一を歌う5人の美しさに泣かずにはいられなかった
塚ちゃんの連続バック転を生で見た感動は言葉にできない
DVDで何度も見てきたえびらぶやファイブスターのコールに参加できて、本当に楽しかった
泣いて笑って、帰り道ではもっともっとえびが好きになっていた
素晴らしいライブだったことに間違いない

でも、じゃあジャニーズというエンターテイメントに触れて一番の感動だったのかって聞かれると、違ってくる

今年のSLTがわたしの初えびコンでしたが、ジャニーズコンサートという括りにすると、初めてはSMAPでした

わたしのお母さんは長年SMAPオタ・強火木村担で、彼女はファンクラブに入会してからは東京開催のコンサートには途切れず行っていた記憶があります
けど20周年という節目のコンサート、そこで初めてチケットが取れなかった
大事な年を逃して、現場で彼等を祝えなかったお母さんが思ったこと

「そうだ、遠征しよう」

地方公演ならさすがにどこかしら当たるだろうと、いままで頭になかった遠征という手段が彼女の中に生まれたのは、20周年を逃したことがよっぽど痛かったからでしょう
いまならわたしもその気持ちがよく分かる

でも地方遠征に付き合ってくれる友だちが果たしているか…
そこまでのジャニオタ・スマオタは身近にはいない…
そこで娘のわたしが選ばれた

「北海道にSMAP見に行くよ」

ほぼほぼ強制だったような気がする
いや、天下のSMAPだから、行くけど!

その頃のわたしはジャニーズ離れしていて、邦楽ロックバンドに惹かれるサブカル片足突っ込み女だったので、コンサートも行けて北海道旅行もできてラッキーくらいの軽いノリで付き合ったんですね

それが予想外に、というか想像もしていなかったほどに、感動したんです

ドーム規模でのコンサート自体初体験で、老若男女、ひとひとひとがひしめき合っていた光景にまず圧倒された
隣の席は親子孫の三世代で来られているご家族で、ファン層の幅広さに驚いて、とても素敵だとおもった

ああ、国民的スターってこういうことなんだ…って、言葉は知っていても漠然としていたフレーズが初めてきちんとした意味を持って自分の中に落ちたときでもあった

いざ開演時間になり、照明が消えて現れた、一面に光り輝くペンライトの海

その光景が目の前に広がった瞬間、涙が止まらなくなった
まだメンバーが姿を見せていないのに
今から泣くの?!と隣のお母さんにも心底驚かれたけど、だって、あんな景色知らなかった
これだけのひとがSMAPを待っている!
わたしのようなライトファンとも言えないミーハー心で来たひとだって絶対いたのだろうけど、それでも、SMAPを見に来たんだよ
北海道まで
すごいことだよ

SMAPご本人たちが登場したら余計泣けて仕方なかった
馴染みのある楽曲のパレードに、ファンじゃなくても知っていて楽しめる、その知名度の高さを見せつけられた

なんであんなに泣いたのか、担当がいたわけでもないのにって振り返ることがあります
でもね、そのくらい、とても楽しかったんだっていう結論に辿り着く
楽しくて感動して、泣けるんだって
完全に、心に爪痕を残された

エンターテイメントってすごい、こんなに感情を強く揺さぶる力があるのだと、ジャニーズに対する見方が大きく変わりました

なにがどうって、うまく言葉に出来ないけど、でもあの熱量って現場に行かないと知ることが出来なかったわけで、あの場にいられたから体感できたわけで…あれはね、生身で感じないとだめだ、ちゃんと伝わらない

いまでもあの感動を忘れられずにいるのは、初めてだったから、とか、SMAPだったから、という理由はもちろんあると思う

でもわたし、えびはね、ファンだからすごーく贔屓目で見てるし、それ故にいろんなフィルターだってかかっちゃってるけど
それを承知で戯言をいうけれど
えびさんなら、超えてくれるかもしれないって
生でA.B.C-Zのパフォーマンスに触れて、思ったんです

彼らを知ってまだ一年も経ってない 、知ってることだって少ない、現場だって大した数を行ってるわけでもない
でも好き
こんなに夢中になるつもりなかったのに、今はっきり言える

5人それぞれ、優しくてがむしゃらで一生懸命で、苦労をたくさんしてて、経験と場数はこなしているのに、それなのになんだかどこか不器用で、誤解されやすくて、事あるごとにハラハラさせられて
でもそんなところも結局素敵で、どんなことがあっても本番では絶対に笑顔にさせてくれる5人組がねーかっこいいよね、かっこいいんですよ
好きになっちゃうよね

わたしの中で起きた感動を彼らに超えてほしいという、これは願望だ
A.B.C-Zで感動したいんだ、SMAP以上の衝撃をちょうだいよと望んでる

きっとやってくれると信じてるから、その日まで、追いかけていたいな